東京高等裁判所 昭和29年(う)3413号 判決
被告人 井上政一
〔抄 録〕
一、弁護人の控訴趣意第一点の(ロ)について。
原判決が被告人の原判示窃盗の事実を認定する証拠として安東宏の答申書を引用していることは所論の通りである。しかるに記録を精査しても安東宏の答申書なる書面が編綴されていることの認められないことは所論の通りであるが原審第一回公判調書によると、同公判期日において原審検察官は安東宏の始末書の取調を請求しこれについては被告人及び被告人の原審弁護人は証拠とすることに同意し、適法にこれが証拠調を経たことを認めることができるのであつて右始末書の記載内容は被告人等が昭和二九年六月二六日窃盗した小野那華雄所有の軽自動二輪車五四年型一台を安東宏が売却方委託を受け佐藤菊男に売渡した顛末の供述書であること、記録中には安東宏作成の書面は右始末書以外には存しないことから考えると原判決の引用している安東宏の答申書とは同人の右の始末書を指すものであつて、原判決はその名称を誤記したものと解すべきものである。従つて原判決は結局安東宏の始末書を証拠に引用したものと認められるのであるから、原判決の証拠の引用は所論のように違法なものということはできない。論旨は理由がない。
二、同第一点の(ハ)について。
原判決が被告人の原判示窃盗の事実を認定する証拠として和栗進一の供述調書を引用していることは所論の通りである。しかるに記録を精査しても和栗進一の供述調書が編綴されていることの認められないことも亦所論の通りである。尤も記録中には和栗進一の答申書(五一丁)、和栗孝一の司法警察員に対する供述調書(五二丁)が編綴されていることが認められ、原審第一回公判調書によると、右各書面はいづれも同公判期日において原審検察官から証拠調の請求がありこれについて証拠とすることの同意もあつて、適法に証拠調を経たことを認めることができるのであるが、原判決の引用する和栗進一の供述調書とは同人の答申書、和栗孝一の司法警察員に対する供述調書のいづれを指すものであるか明白であるとはいい難いのである。従つて原判決は結局虚無の証拠を被告人の原判示窃盗の事実の認定に引用していることに帰着するのであるが、原判決の認定した被告人の窃盗の事実は、和栗進一の供述調書なるものを除外しても爾余の原判決引用の証拠によりこれを認めるに十分であるから、原判決の証拠引用のこの点の違法は判決に影響を及ぼすものと認められない。それ故論旨は理由がない。